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加藤さん似顔絵 下田常三画

  加藤亮一(かとうりょういち)さん
      



        「しゃべること、やりたいことが 尽きません」
 

二度目のがんの手術を終えたばかりの加藤さんは、以前よりかえって颯爽と、意欲に満ちているようだった。新潟県長岡市の出身だが、小学校4年生からは、東京で暮らした。子供の時から本が好きで、スポーツよりむしろ、ありとあらゆることをよくしゃべる少年だった。80歳の今も、加藤さんに一度発言の順番を渡してしまうと、もうなかなか戻ってこない。たっぷりと自分の考えを述べる論客だ。

中学生のころから今のディベートに当る「両方の立場で議論する」ことを楽しんだ。歴史、国際関係などが好きで、情報はもっぱらラジオニュースから得ていた。誰でもがそこそこに貧乏で、弊衣破帽、身なりには全く頓着せず、貧乏を謳歌した時代だった。
やがて入学した高校では、良い先生、友人に恵まれ、詰込みではない自由な校風になじみ、羽を伸ばし、読書をしては議論した。また、当の加藤さんが不在の時でも友達は家に上がりこみ、大らかなお母様は奉仕の精神で少年達を迎え、おしゃべりの仲間入りをすることも度々であった。今の加藤さんから受け取れる人柄は、お母様ゆずりなのかもしれない。

昭和30年代、大学では電気工学を専攻したが、「カサブランカ」などの名画の鑑賞が好きだった。「ラプソディー」のラフマニノフのピアノコンチェルトやチャイコフスキーのバイオリンコンチェルトが心に残った。
一方で、議論好きの加藤さんは左翼思想にかぶれた時がある。しかし、いわゆる筋金入りにはならなかった。何かおかしい、理想論だと思えた。そして、60年安保の時は「筋金入り」の議論家を論破した。「左翼思想はダーウインの進化論を無視している。自然の法則に反するものだ」という点が論拠となったそうだ。

やがて会社に入社し、仕事は宇宙航空関係だった。常に1年前と今との違いが大きい、アナログからデジタルへの移行期だった。中でも、衛星打ち上げの誘導制御に携わっていた時は、打ち上げ本番の度に緊張する場面を体験した。しかし、手がけた仕事はかなりの成功に結び付き、やり切ったという達成感があった。

退職後、加藤さんの活動の場は、今泉台の町となった。絵香会に所属し、基本は油絵でいくつかの絵画展に出品している。

また、町内会では広報部長を務め、以来一気に町内の人々とのネットワークが広がった。また、ボランティアによる防犯パトロールの実施に尽力し、防犯監視カメラ設置を実現させた。

更に、3年前には「おもしろクラブ」を立ち上げて二つの活動をしている。子供に自然科学に興味を持つきっかけを作りたいとの思いが発展して始まった、今泉小学校の放課後子どもクラブの支援活動と、大人が楽しめるサロンのようなものがこの町にあったらと、経験、見識のある方を迎えて開く「お話し会」である。


話すこと、議論することを愛し、星の観察、機械をいじること、アマチュア無線などを楽
しむが、何よりもお酒、ことにワインは欠かせないそうだ。そして今もって論破できない
お相手は奥様なのだそうだ。いっしょに散歩をしながら、テレビを見ながら議論を楽しむ、会話の絶えないご夫婦でいらっしゃるとのことだ。        
                               (2018年1月)  



今泉台町内会館



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