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三林さん似顔絵 下田常三画

  三林輝夫(さんばやしてるお)さん
      



        「詩人のことばと作曲家の思いを歌にして」
 

「我々の身体の一部である『のど』から発する『声』で、人間のさまざまな様相を表現する歌唱芸術は、最も原初的で難しいものだと思います。私も80歳を目前にして、未だ道半ばの感がありますが、それだけにやりがいのある素敵な世界が広がっているのです」。

声楽家でテノールの三林輝夫さんは、日本におけるフランス歌曲の第一人者である。日本歌曲にも情熱を傾け、数多くのリサイタル、コンサートで「ビロードのような」と定評のある美しい声を披露してきた。オペラ、オペレッタでは、「フィガロの結婚」でデビューして以来、二期会や東京室内歌劇場他で数多くの公演に出演した。また、教育者としては、名誉教授である東京藝術大学で35年の間、たくさんの声楽家を育て、「演奏に対する厳しさと楽しさ」の伝統を若い世代に伝えてきた。二期会でもオペラ研修所所長を務め、若い声楽家を世に送ってきた。更に、オペラ制作では、公演監督として「カルメン」、「ホフマン物語」、「罪と罰」など数多くの公演を成功させた。そして「音楽って広いですよ。その中でも、オペラは、財政的にもかなりなお金がかかるので大変です。公的な援助がもっとあると良いのですがね」と、音楽の素人にもていねいに説明をする。その素敵な語り口に聞く人は引き込まれる。

三林さんは、子供の時から、とにかく音楽が好きだった。歌うことへの情熱は小学6年生の秋、変声期が過ぎて開花した。中学生になってからは、初めてレコードで聞いた音楽をピアノで弾き、オペラのアリアも、すぐにまねをして歌ってしまう少年だった。高校1年生の時、専門の先生の指導を受け始めた。やがて藝大を目指すようになり、高校3年生からは日本の声楽界を拓いた木下保氏に師事して進学のためのレッスンを受けた。月に一度、新潟の自宅から夜行列車で8時間かけて東京へ出、朝早くからレッスンを受けて夜遅く帰宅した。藝大に合格した三林さんは、当時活躍していた渡邊高之助氏という素晴らしい師にも恵まれ、楽しく幸せな学生生活を送ったが、「両親には一番感謝しています。家業の跡継ぎにしたかったはずの長男の夢を、文句もいわず支援してくれました」と振り返る。

やがて、グノー、フォーレ、ドビュッシーなどフランス近代歌曲の魅力に目覚めた。我が国フランス歌曲の先駆者、古沢淑子氏邸で催されていた「フランス音楽鑑賞会」での活動が広がっていった。フランス歌曲は三林さんの音楽的資質に合うのだそうだ。一方、我が国芸術歌曲の第1号と言われる瀧廉太郎の「荒城の月」を始めとする日本歌曲を、世界で広く歌われるようにしたいと思い、東京の台東区と共に、「日本歌曲コンクール」の設置に尽力し、これを育ててきた。来年30周年を迎える。また、「私は、故中田喜直、三善晃、小林秀雄氏ら、多くの作曲家の先生との交流がありました。その貴重なお話を若い人達に伝えて行くことも大切だと思っています」と語る。

三林さんは、今泉台の町に住んで40年余りになる。町内会では、「緑のコンサート」設立に協力され、近くは「おもしろクラブお話し会」でお話をなさる予定である。
                            
                        (2017年10月 文責 山田)



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